設備投資・賃上げは自社株評価にどう影響する?「数年間の利益構造」から考える

前回のコラムでは、国税庁で進められている非上場株式の評価方法の見直しについて、現在の議論を整理しました。
今回、評価方法の候補として示されている「残余利益方式」では、簿価純資産に加えて、企業が通常期待される利益をどの程度上回って収益を生み出しているかという「収益力」を評価に反映する考え方が示されています。
そこで今回は、日々の経営判断の中でも特に影響の大きい「設備投資」と「賃上げ」について考えてみます。

ポイントになるのは、
「いくら投資したか」「何%賃上げしたか」だけではなく、その結果として数年間の利益構造がどう変わるのか
という視点です。

設備投資をすれば、自社株評価は下がるのか


例えば5,000万円の設備を導入するとします。
設備投資をした瞬間に、5,000万円がそのまま会社の損失になるわけではありません。現金で購入すれば、現金という資産が機械設備などの固定資産に置き換わります。
その後、設備の使用期間に応じて減価償却費が計上され、毎期の利益に影響していきます。
しかし、設備投資の効果は減価償却費だけではありません。
省力化設備であれば、人手不足への対応につながるかもしれません。生産設備であれば、生産能力や品質が向上する可能性があります。デジタル投資によって業務時間が削減されるケースもあります。

つまり設備投資を見る際には、
投資額 → 減価償却費 → 省力化・生産性向上 → 売上や粗利益への効果 → 数年後の利益
まで考える必要があります。


今回、残余利益方式が有力な選択肢として検討されている背景にも、設備投資との関係があります。
DCF法では将来のフリー・キャッシュ・フローを予測しますが、成長のために大きな設備投資を行っている企業では、一時的にフリー・キャッシュ・フローがマイナスになることがあります。
国税庁の資料でも、設備投資等によってフリー・キャッシュ・フローがマイナスとなる企業ではDCF法を適用しにくい一方、残余利益方式については、特に適用できない企業は見当たらないと整理されています。


したがって、「事業承継前に設備投資をすると株価が上がるのか、下がるのか」という単純な問いではなく、
その投資によって会社の収益構造がどう変わるのかを見ることが重要になりそうです。


賃上げも「人件費が増える」だけではない


賃上げは、設備投資よりも直接的に利益へ影響します。例えば年間1,000万円の恒久的な賃上げを実施し、売上や生産性が何も変わらなければ、その分だけ利益を押し下げる方向に働きます。
一方で、賃上げによって人材が定着し、採用費が減少するかもしれません。従業員の能力向上や省力化投資と組み合わせることで、生産性が高まる可能性もあります。また、人件費上昇分を適切に価格転嫁できれば、利益への影響は変わります。

つまり、「1,000万円賃上げしたから、利益が1,000万円減る」とは限りません。

見るべきなのは、賃上げ後の会社が、継続的にどれだけ利益を生み出せる会社になっているかです。


ここで注目したいのが、今回の有識者会議で示されている「正常利益」という考え方です。
第5回資料では、オペレーティング・リース、多額の役員報酬、一時的な役員退職金などによって利益を一時的に減少させる評価額圧縮策への対応として、非経常的な損益を適切に修正し、「企業の正常利益」で評価する方向性が示されています。

これは残余利益方式そのものの計算方法とは別の論点ですが、単年度だけの利益ではなく、
「その会社が通常の状態でどれだけ稼げるのか」
という考え方が重視されていることは、経営者として注目しておきたいところです。

補助金や支援策も「設備投資+賃上げ」の方向へ


このテーマを考えるうえで、もう一つ注目したいのが、中小企業向け支援策の方向性です。
現在の中小企業政策では、設備投資によって生産性を高め、その成果を賃上げにつなげる考え方が強く打ち出されています。
例えば、中小企業省力化投資補助金(一般型)は、人手不足に対応する設備やシステムへの投資を支援し、付加価値や生産性を高め、賃上げにつなげることを目的としています。2026年8月時点の公募でも、最低賃金の引上げなど賃金に関する要件が組み込まれています。また、先端設備等導入計画に基づく固定資産税の特例では、設備投資に加えて賃上げを表明することが軽減措置の要件となっており、賃上げ幅によって軽減内容も異なります。

つまり政策としても、
設備投資 → 生産性向上 → 付加価値向上 → 賃上げ
という循環を企業に求める方向が明確になっています。

「補助金がいくらもらえるか」だけで判断しない


設備投資を検討する企業から、「この設備なら補助金を使えますか」という相談を受けることがあります。
もちろん、利用できる支援制度を確認することは重要です。しかし、経営判断としては、その一歩先を見る必要があります。例えば、一時的に500万円の補助を受けられたとしても、そのために恒常的な賃上げを実施するのであれば、数年間の人件費への影響を考えなければなりません。同時に、省力化によってどの程度の工数を削減できるのか、生産量は増えるのか、価格転嫁できるのか、採用費や外注費は減るのか、といった効果も考える必要があります。

したがって、本来見るべきなのは、
・設備投資額と補助額
・減価償却費
・賃上げによる人件費増加
・省力化・生産性向上による効果
・売上・粗利益への影響
・その結果としての3~5年後の利益
です。

補助金は投資判断を後押しする手段であって、投資の目的そのものではありません。

大会社と小会社では、影響の方向が異なる可能性も


今回の見直しについて、「自社株評価が上がる改正」とだけ捉えるのも適切ではありません。
現行制度では、会社規模によって適用される評価方式が異なります。
国税庁は第5回資料で、現在の仕組みについて、大会社ほど相対的に低い評価額となり、小会社では相対的に高い評価額となるという評価方式間の不公平を問題として挙げています。そのため、会社規模による区分を廃止し、規模にかかわらず共通する評価方式を適用できないかという方向で議論されています。


8月20日付の日本経済新聞でも、見直し案を前提とした具体的な試算として、大規模な企業では現在より評価額が上昇するケースがある一方、小規模な企業では評価額が低下するケースが紹介されていました。これは今回の見直しが、単純にすべての会社の評価額を引き上げるものではないことを示しています。
ただし、「大会社なら上がる、小会社なら下がる」と一律に決まるわけではありません。
実際の影響は、現在適用されている評価方式だけでなく、会社が保有する純資産や継続的な収益力などによっても変わると考えられます。今回の見直しを考えるうえでは、会社の規模、簿価純資産、そして継続的な収益力の組み合わせを見ることが重要になりそうです。

事業承継を考える会社では、自社株評価という視点も加わる


事業承継を控えている会社では、設備投資や賃上げを考える際に、今後「自社株評価」という視点も加わる可能性があります。仮に企業の継続的な収益力をこれまで以上に重視する評価方式が導入されれば、設備投資や賃上げによって数年間の利益構造がどのように変わるかが、結果として株式評価にも影響する可能性があります。

ただし、現時点では残余利益方式の採用自体が確定したわけではありません。
第5回資料でも「仮に」残余利益方式を採用した場合のイメージとして示されています。また、何年間の利益を評価に反映するのか、期待収益率や還元率をどのように設定するのかなど、評価額を算定するうえで重要な部分もまだ決まっていません。


したがって、現在の議論だけをもとに、
「設備投資をすれば株価が下がる」
「賃上げをすれば自社株評価上有利になる」
といった判断をすることはできません。

むしろ今考えておきたいのは、
「この設備投資と賃上げによって、3年後、5年後の会社の利益構造はどうなるのか」
という本来の経営課題です。

補助金、設備投資、賃上げ、事業承継をそれぞれ別々のテーマとして考えるのではなく、中期的な経営計画の中で一体的に考える。今回の非上場株式評価の見直し議論は、その重要性を改めて考えるきっかけになるのではないでしょうか。

※本稿は2026年8月時点で公表されている国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」、中小企業庁等の公表資料および報道内容をもとに、経営面から考察したものです。非上場株式の評価方法の見直しは検討段階であり、今後内容が変更される可能性があります。具体的な株式評価、相続税・贈与税その他の税務判断については、税理士等の専門家にご相談ください。

参考資料
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第1回~第5回資料
日本経済新聞 2026年8月20日付朝刊
中小企業庁「固定資産税の特例(中小企業等経営強化法による支援)」
中小企業省力化投資補助金(一般型)