これまでのコラムでは、国税庁で議論されている非上場株式の評価方法の見直しと、設備投資・賃上げなどの経営判断との関係について取り上げてきました。
今回の議論で注目したいのは、単に「新しい計算方式に変わるかもしれない」ということだけではありません。評価方法の候補として示されている残余利益方式では、簿価純資産に加えて、数年間の収益力を株式評価に反映する考え方が示されています。また、一時的な役員報酬や役員退職金などによって利益を減少させるケースについては、非経常的な損益を修正し、「企業の正常利益」を見る方向性も示されています。
こうした議論を踏まえると、今後の事業承継では、
「承継直前に何をするか」だけではなく、「承継までの3〜5年間にどのような会社をつくるか」
という視点が、より重要になる可能性があります。
事業承継は「株を渡す日」だけの問題ではない
事業承継というと、「いつ株式を後継者に渡すか」「相続税や贈与税はいくらになるか」「どの制度を使えばよいか」
といった話に注目が集まりやすくなります。
もちろん、これらは重要な論点です。
しかし、経営の立場から見ると、事業承継はある一日に発生するイベントではありません。
社長交代までに、
・後継者へどこまで権限を移すのか
・主要取引先との関係をどう引き継ぐのか
・経営幹部をどう育成するのか
・借入金や設備投資をどうするのか
・今後どの程度の利益を確保するのか
・社長退任後の経営体制をどうするのか
といった多くの準備が必要になります。
今回の非上場株式評価の見直し議論は、ここに「数年間の収益構造」という視点をさらに加えるものだと考えています。
「承継前に利益を落とす」という発想だけでは考えにくくなる
自社株評価を意識する企業では、事業承継前に利益を圧縮することが検討される場合があります。
しかし、第5回の有識者会議資料では、オペレーティング・リース、多額の役員報酬、一時的な役員退職金などによる利益圧縮について、非経常的な損益を適切に修正し、「正常利益」によって評価する方向性が示されています。
仮にこうした考え方が採用されれば、「承継する年だけ利益を落とす」という単年度の対応よりも、「この会社は通常、どの程度の利益を生み出せる会社なのか」がより重視されることになります。これは、事業承継を考える経営者にとって重要な変化です。承継直前になってから株価だけを見て対策するのではなく、数年前から会社の収益構造そのものを把握しておく必要性が高まる可能性があります。
3〜5年間の利益を「結果」ではなく「経営計画」として考える
例えば、5年後に社長交代を予定している企業を考えてみます。
その5年間に、
1年目:省力化設備を導入
2年目:賃上げと価格改定
3年目:後継者へ主要顧客を引き継ぐ
4年目:新規事業へ投資
5年目:社長交代
という計画があるとします。
この場合、5年間の利益は毎年同じにはなりません。
設備投資による減価償却費が増える年もあれば、賃上げによって人件費が増える年もあります。
一方で、省力化、生産性向上、価格転嫁、新規事業の成長によって利益が増える可能性もあります。
つまり、承継時点の利益だけを見るのではなく、「どのような経営判断を行った結果として、その利益になっているのか」を見る必要があります。
これは本来、税制改正の有無にかかわらず重要な経営課題です。
今回の評価方法の見直しは、それを自社株評価の面からも意識するきっかけになると考えられます。
純資産も数年間で変わる
残余利益方式のイメージでは、「簿価純資産」も重要な構成要素として示されています。
純資産は、短期間で急激に変わるものではありません。利益を毎年積み上げれば利益剰余金が増え、純資産も厚くなります。逆に、赤字が続けば純資産は減少します。設備投資についても、投資した瞬間に純資産がそのまま減少するわけではありません。投資後の減価償却や、その設備が生み出す利益によって、数年間を通じて財務状態が変化していきます。
そのため、収益力だけでなく、数年間でBSがどう変化するかを見ることも重要です。
事業承継を考える会社では、PLだけではなく、
・売上高
・営業利益
・人件費
・設備投資
・借入金
・現預金
・純資産
などを3〜5年程度の時間軸で確認しておく意味があります。
後継者に引き継ぐのは「株式」だけではない
もう一つ重要なのが、後継者の立場です。
仮に株式の承継方法が決まったとしても、その会社の経営が後継者に引き継げる状態になっていなければ、事業承継が完了したとは言えません。
例えば、
「社長しか取引先との関係を持っていない」
「重要な判断がすべて社長に集中している」
「幹部社員が後継者を経営者として認識していない」
という状態で株式だけを移転しても、経営上のリスクは残ります。
したがって、承継前の3〜5年間では、財務面の承継と、経営そのものの承継を並行して進める必要があります。
株式、税務、資金だけではなく、
組織、権限、顧客、取引先、人材、経営判断
まで含めて考えることが重要です。
税務と経営を分けて考えない
事業承継では、税理士など税務の専門家との連携が不可欠です。自社株の正式な評価、相続税や贈与税、事業承継税制、相続時精算課税などについては、それぞれ専門的な税務判断が必要になります。
一方で、
「5年間でどのような設備投資をするのか」
「どの程度の賃上げを行うのか」
「どの商品・事業を伸ばすのか」
「後継者にいつ何を任せるのか」
といったことは、税務だけでは決められません。
ここは経営そのものの問題です。
したがって、事業承継では、税務上の承継計画と、会社そのものの経営計画を並行して考えることが重要になります。
今回検討されているように、企業の純資産や継続的な収益力が株式評価により反映される方向になれば、この二つの計画はこれまで以上に密接になる可能性があります。
今から確認しておきたい5つのこと
数年以内に事業承継を考えている企業であれば、制度改正が確定する前でも確認できることがあります。
例えば、次の5つです。
1.社長交代を何年後に考えているか
具体的な日付まで決める必要はありませんが、「3年後」「5年後」程度でも時間軸を持つことで、準備すべきことが見えてきます。
2.過去3〜5年間の利益はどのように推移しているか
一時的な利益や損失ではなく、本業からどの程度の利益を継続的に生み出しているのかを確認します。
3.今後どのような設備投資・賃上げを予定しているか
それらが数年間の収益力や財務状態にどう影響するのかを考えます。
4.後継者への経営移行はどこまで進んでいるか
株式だけでなく、権限・顧客・人材・意思決定の移行状況も確認します。
5.自社株や税務について専門家と確認できる体制があるか
制度改正の内容が具体化したとき、速やかに影響を確認できる体制を準備しておくことも重要です。
制度が決まる前だからこそ、経営の準備はできる
現在、非上場株式の新しい評価方式はまだ確定していません。残余利益方式が最終的に採用されるのか、何年分の利益を見るのか、還元率をどのように設定するのかなど、重要な部分はこれから決まっていきます。そのため、現段階で新しい評価額を予測して経営判断を変える必要はありません。
しかし、「承継までの数年間で、自社をどのような会社にしていくのか」を考えることは、制度が決まっていなくてもできます。
事業承継を「株式を移転する瞬間」の問題として考えるのではなく、承継までの3〜5年間の経営そのものを設計する。
今回の非上場株式評価の見直し議論は、改めてその重要性を考える機会になるのではないでしょうか。
※本稿は2026年8月時点で公表されている国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の資料をもとに、経営面から考察したものです。非上場株式の評価方法の見直しは検討段階であり、今後内容が変更される可能性があります。具体的な株式評価、相続税・贈与税、事業承継税制その他の税務判断については、税理士等の専門家にご相談ください。
参考資料
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第1回~第5回資料

