これまでのコラムでは、非上場株式の評価方法の見直し、設備投資や賃上げとの関係、そして事業承継までの3〜5年間をどのように考えるかについて取り上げてきました。
ここまで考えると、次に出てくるのが、「では、自社株はいつ後継者に渡すのか」という問題です。
事業承継では、後継者を決め、経営を引き継ぐだけではなく、最終的には株式の承継も必要になります。
その際の選択肢の一つとして知られているのが「相続時精算課税」です。
今回の非上場株式評価の見直し議論と直接セットになった制度ではありませんが、株式の評価額が数年間で変化する可能性を考えると、「いつ株式を移転するか」という時間軸は重要な論点になります。
相続時精算課税とは
相続時精算課税は、原則として、60歳以上の父母や祖父母などから、18歳以上の推定相続人である子や孫などへの贈与について選択できる制度です。
なお、非上場株式に係る事業承継税制など、一定の特例では対象者の要件が異なる場合があります。
現在は、年間110万円の基礎控除に加えて、贈与者ごとに累計2,500万円までの特別控除が設けられています。特別控除を超える部分については、20%の税率で贈与税を計算します。
ただし、「2,500万円まで無税で財産を移せる制度」と理解するのは正確ではありません。相続時精算課税の名前のとおり、贈与者が亡くなった際には、この制度を利用して贈与した財産について、原則として贈与時の価額を基に相続税の計算へ加える仕組みになっています。2024年以降の贈与については、年ごとの贈与財産の価額から年間110万円の基礎控除を差し引いた後の金額が、相続税の計算上の加算対象となります。
また、相続時精算課税によってすでに納付した贈与税相当額は、相続時に計算された相続税額から控除されます。控除しきれない場合には、相続税の申告によって還付を受けられる仕組みです。
つまり、贈与時だけで税金の話が完結する制度ではなく、贈与と相続を通じて精算する制度と考えた方が分かりやすいでしょう。
なぜ「いつ渡すか」が重要になるのか
ここで非上場株式ならではの問題が出てきます。
例えば、現在の自社株評価額が1億円の会社があるとします。今後5年間で事業が成長し、利益や純資産が増え、5年後には株式の評価額が大きく上昇しているかもしれません。相続時精算課税では、相続時に加算する価額について、原則として贈与時の価額を基準にします。そのため、将来価値が上昇する財産については、早い段階で贈与することに一定の意味が生じる場合があります。
一方で、逆もあります。現在は評価額が高くても、その後の業績悪化や収益構造の変化などによって株式評価額が下がるのであれば、早く贈与したことが結果的に有利とは限りません。
つまり、「早く渡せば得」「成長する前に渡せばよい」と単純に判断できる話ではありません。
しかも、非上場株式の評価方法自体が変わろうとしている
ここに今回の評価制度見直しが重なります。国税庁の有識者会議では、現在の会社規模別の評価方式を見直し、企業の収益力をより重視するインカムアプローチを主軸とする方向が議論されています。
その候補となっている残余利益方式では、簿価純資産 + 数年分の超過収益という考え方が示されています。
制度の詳細はまだ決まっていません。
しかし、仮にこの方向で見直された場合、自社株評価の推移を考える際には、
・利益が今後どう推移するか
・純資産がどの程度積み上がるか
・設備投資をいつ行うか
・賃上げによって収益構造がどう変わるか
・一時的な損益ではなく「正常利益」がどうなるか
といった経営上の要素を、これまで以上に意識する必要が出てくる可能性があります。
つまり、「株式を今年渡すか、3年後に渡すか」という判断と、「この3年間で会社をどう経営するか」は、無関係ではありません。
株式移転のタイミングを税金だけで決めない
例えば、社長が65歳、後継者が40歳で、5年後の社長交代を考えている企業を想定します。自社株を今のうちに後継者へ移すことが、税務上合理的なケースがあるかもしれません。
しかし、経営面では別の問題があります。
後継者はまだ経営判断に十分関与していない。
主要取引先との関係は現社長に集中している。
金融機関も現社長を中心に会社を見ている。
こうした状態で株式だけを先に移転することが、本当に適切なのかは別途考える必要があります。
反対に、後継者がすでに経営の中心に入り、主要取引先や金融機関との関係も引き継いでいるにもかかわらず、株式だけ現社長が持ち続けているケースもあります。この場合には、「経営は後継者、所有は先代」という状態が長期間続くことになります。
事業承継では、経営権の移行と、株式の移行をどのような時間軸で組み合わせるかという設計が重要です。
設備投資や賃上げの予定も一緒に見る
株式を渡す時期を考える際には、今後の投資計画も無視できません。
例えば今後3年間で、
1年目:大規模な省力化設備を導入
2年目:賃上げを実施
3年目:新規事業を開始
という計画があるとします。
設備投資をすれば減価償却費が発生しますが、その設備によって生産性が向上し、その後の利益が増える可能性があります。賃上げによって人件費が増える一方、人材の定着や採用費の削減、生産性向上につながるかもしれません。
新規事業が成長すれば、その後の収益力も変わります。これらはすべて、数年間のPL・BSに影響します。そして、今回検討されているように継続的な収益力や簿価純資産がより重視される株式評価方式になれば、こうした経営判断が株式評価にも影響する可能性があります。
したがって、「株式をいつ渡すか」を考えるためには、「これから会社に何が起きるのか」も整理する必要があります。
相続時精算課税は、一度選ぶと暦年課税には戻れない
もう一つ、相続時精算課税を考える際に知っておきたい特徴があります。相続時精算課税は贈与者ごとに選択しますが、一度選択すると、その贈与者からのその後の贈与について暦年課税へ戻すことはできません。
そのため、「今年だけ相続時精算課税を使い、来年から元の制度に戻す」という使い方はできません。
株式移転のタイミングだけでなく、
・今後どの財産を移転する可能性があるか
・現経営者の相続財産全体がどうなっているか
・暦年課税との比較をどう考えるか
・事業承継税制など他の制度との関係をどうするか
といった点も含めて検討する必要があります。
ここから先は具体的な税務判断になるため、実際に制度を選択する場合には税理士等の専門家との検討が必要です。
経営者側で先に整理しておきたいこと
一方で、税理士に相談する前に、経営者側で整理できることもあります。
例えば次のような項目です。
1.いつ社長交代するのか
3年後なのか、5年後なのか。具体的な日付まで決まっていなくても、おおよその時間軸を設定します。
2.後継者への権限移譲はどこまで進んでいるか
役職だけでなく、顧客、金融機関、社員、意思決定などを含めて確認します。
3.今後3〜5年間の利益はどうなりそうか
現状維持だけではなく、設備投資や賃上げ、新規事業なども織り込みます。
4.純資産はどう推移しそうか
利益の蓄積、配当、設備投資、借入返済なども含めてBSの変化を考えます。
5.株式をいつ、どの程度移転したいのか
「全部を一度に渡す」以外の選択肢も含め、まず経営上の希望を整理します。
ここまで整理したうえで、税理士に、「それぞれのシナリオでは、税務上どのような違いがあるのか」を確認する。
この順番の方が、事業承継を税制だけの問題にせず、経営と税務を一体的に考えやすくなります。
「いつ渡すか」は、経営計画から考える
相続時精算課税は、事業承継における選択肢の一つです。
しかし、その制度だけを見て株式移転の時期を決めるのではなく、会社がこれからどのように変わるのかと一緒に考える必要があります。
・会社の収益力はどうなるのか。
・純資産はどの程度積み上がるのか。
・設備投資や賃上げをいつ行うのか。
・後継者への経営移行はどこまで進んでいるのか。
・そして、自社株をいつ引き継ぐのか。
これらを一つの時間軸に並べてみる。
今回の非上場株式評価の見直し議論をきっかけに、「自社株をどう渡すか」だけでなく、「いつ、どのような会社の状態で渡すのか」まで考えておくことが、今後の事業承継では重要になるのではないでしょうか。
※本稿は2026年8月時点で公表されている国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」および相続時精算課税に関する国税庁公表資料をもとに、経営面から考察したものです。非上場株式の評価方法の見直しは検討段階であり、今後内容が変更される可能性があります。相続時精算課税の適用可否、具体的な株式評価、相続税・贈与税、事業承継税制その他の税務判断については、税理士等の専門家にご相談ください。
参考資料
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第1回~第5回資料
国税庁「相続時精算課税の選択」
国税庁「相続時精算課税を選択した場合の相続税の計算」
国税庁「贈与税の申告をされる方へ」

